主体的に生きる

文系出身SEが29歳から人生について本気で考える。

コロナ備忘録

はじめに

僕は首都圏で一人暮らしをしているアラサーで、僕自身も身近な人もコロナにはかかってない。はじめてコロナを知ってからもう1年経つが、当時の出来事や気持ちなどを綴っておかないと忘れてしまうので、備忘録的に書いておくこととする。

 

中国で原因不明肺炎が発生し、新型コロナウイルスによるものだと報じられたのが2020年1月上旬。SARSやMERSのこともよく知らなかったけど、こっちまで広がらなければいいな、、、程度に思っていたと思う。

 

日本で1例目が発生と報じられたのが1月15日。ちょうど1年が経とうとしている。

www.mhlw.go.jp

 

その後も1月中には無症状を含む13例目までが報じられ、1月末には武漢からチャーター便で邦人が帰還というニュースもあった。2月にはクルーズ船、ダイヤモンド・プリンセスが横浜港に寄港して乗員・乗客の陽性が報じられた。この頃にはもう街からマスクが消えて、たまたま昔箱買いしたマスクが家にあったのと、会社からもらった物でやり過ごしていた。「タクシーで感染した」とか「屋形船で感染した」とか「カレーを食べるといい」とかいう話もあったな。

その後も2月にはすでに国内100例目を突破し、うちの会社ではテレワークや時差出勤が推奨され始める。でもこの頃は普通に居酒屋に飲みに行ったりもできて、自粛ムードだったけど街もまだまだ人で賑わっていたかな。3月には店舗の時短営業が始まったり、僕の会社も原則テレワークになった。

 

3月24日

東京五輪・パラの延期が決定

 

3月29日

志村けんさんコロナによる肺炎で死去。コロナの恐怖が日本人の心に広まった瞬間だと思う。

 

4月7日

緊急事態宣言発令

緊急事態宣言解除、GoToキャンペーン、第2波、第3波、GoTo停止...

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2020年12月31日

東京で初の千人超えとなる1,337人の感染確認

 

この頃からイギリスや南アフリカ、ブラジルなどでコロナウイルスの変異種が報じられる。

 

2021年1月7日

東京で初の2千人超えとなる2,447人の感染確認。そして東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県に2度目の緊急事態宣言が発令されたが、発令後初の週末、1/9〜11には街の人出は減らず。

 

僕も近所には買い物に出掛けたが、たしかに人出はあまり減っていなかった。いままで対策をしながら1年間無事に過ごしてきたので(無症状で感染してるかもしれないが)まぁ大丈夫だろう、という正常性バイアスが働いた結果だと思う。大いに反省。コロナには絶対かかりたくないので、再び気を引き締めていきたい。

医療崩壊が叫ばれている。発熱しても相談センターに繋がらないらしいし、救急車を呼んでも受け入れてくれる病院がないらしい。もし発熱してしまったらどうしよう。やばい、コロナかも、と不安になりながら孤独に過ごす時間を考えると恐怖でしかない。

 

2021年1月13日

緊急事態宣言に栃木、愛知、岐阜、京都、大阪、兵庫、福岡も追加

飲食店は午後8時まで、テレワークの7割実施を呼びかけ

年末からの感染拡大は職場での宴会、若者の飲食、帰省中の会食だとのこと。

 

あっという間の1年だったけど、最近はこのコロナがいつまで続くんだろう、家族や友人とマスクなしで笑い合える日は来るのだろうか、もしかしたらそんな日はもう二度と来ないのではないか、とネガティブになってしまって、寒さも相まって夜によく眠れない日も多い。そんなときにTwitterやヤフーニュースのコメント見てると、政府に対してや、軽率な行動をとってる人に対して攻撃的になっている人が目立つ。やれやれ。コロナ疲れ、どこにも遊びに行けないストレスもあるし、コロナへの恐怖や不安、あぁもう誰かのせいにしたい。あるよね。コロナは自分と考え方の違う人を攻撃したくなる人間の醜い部分を露呈させる。そんなことを考えて余計に眠れなくなる。

 

僕は家でじっとして感染予防に務めることくらいしかできないが、医療従事者はそんな中でも必死に働いているし、飲食関係、旅行業、その他多くの業界が苦しんでいる。みんなで乗り越えようと言うのは簡単だけど、実際は相当覚悟しておかないとダメかな。今日はこの辺で。では。